このサイトでは1,300を超える資格のデータを扱っていて、私は合格率や勉強時間といった数字の収集・更新を担当しています。数字の裏付けを取るために、資格の体験談もほぼ毎日読んでいます。ブログ、SNS、掲示板、質問サイト。半分は仕事ですが、正直なところ、もう半分は職業病みたいなものです。
それで、ずっと引っかかっていることがあります。合格体験記は、本当に山ほどあるんです。どの資格名で検索しても、使った教材から勉強場所、当日の昼ごはんの内容まで書いてある記事がいくらでも出てくる。ところが「不合格体験記」を探すと、これが驚くほど見つからない。今日は、この検索結果から消えている側の話をします。
落ちた人のほうが、頭数ではずっと多いはずなのに
数字で考えると、この少なさはかなり不自然です。たとえば宅地建物取引士の合格率は毎年15〜17%前後。裏返せば、受験者の8割以上はその年、落ちています。頭数だけで言えば、合格者より不合格者のほうが圧倒的に多い試験です。それなのに、検索結果に並ぶ体験談の比率は完全に逆転している。何万人もの不合格者は、いったいどこへ消えたんだろうと、データを更新するたびに思います。
理由を考えてみると、まあ、当たり前ではあるんです。落ちた話には、書く動機がほとんどありません。合格体験記には「努力が報われた記録を残したい」「これから受ける人の役に立ちたい」「正直、ちょっと自慢したい」という、気持ちよく筆が進む動機がそろっています。不合格にはそのどれもない。どちらかというと、一日でも早く忘れてしまいたい出来事です。お金を払って、何か月も時間を使って、結果が出なかった。その顛末を何千字も書いて世界に公開しようという人は、そうそういません。
それに、結果を見た直後の人に、長い文章を書く気力は残っていません。実際、私が読んできた数少ない不合格談も、落ちた直後に書かれたものはまれで、翌年に受かってから「実は去年、一度落ちていまして」という前置きの形で出てくるものが大半でした。つまりネットに出てくる不合格の話ですら、最終的に受かった人のフィルターを一度通ってから出てきているわけです。受からないまま去った人の声は、ほぼ完全に沈黙しています。
検索結果は「受かった人の世界」でできている
この偏りが何を生むかというと、検索して見える風景が、まるごと受かった人の話だけになります。統計の世界で生存者バイアスと呼ばれる、あの現象です。よく引き合いに出されるのが戦時中の爆撃機の話で、帰還した機体の弾痕だらけの場所を補強しようとしたら、統計学者が「見るべきは帰ってきた機体に弾痕のない場所だ」と指摘した。撃たれて帰れなかった機体のデータこそが本命だった、という話です。資格の体験談は、まさにこれと同じ構造をしています。
「3か月で受かりました」「過去問だけで十分でした」。そういう記事ばかり並んでいると、それがその試験の標準ラインに見えてきます。でも実際には、その記事の後ろに、同じやり方を試して落ちた何倍もの人が黙って立っています。書かれていないだけで。
勉強法の記事を読むとき、私たちはつい「この方法なら受かるんだ」と読んでしまいます。でも正確には、「この方法で受かった人が少なくとも一人いる」としか言えません。同じ方法で何人が落ちたのかは、誰にも分からないままです。教材のレビューも同じで、星をつけて感想を書くのはたいてい受かった人ですから、どうしても評価は明るいほうへ寄ります。母数の見えない成功談だけを浴び続けていると、自分の見積もりも知らないうちに楽観のほうへ流されていってしまいます。
数少ない不合格談を集めると、敗因はだいたい同じ
それでも探せば、書いてくれている人はいます。匿名掲示板のスレッド、質問サイトの相談、そして合格体験記の前段に埋まっている「一度目は落ちました」のくだり。名前を出さなくていい場所ほど、この手の話は正直に転がっています。私はこの手の記述を見つけるたびに読み込むようにしているのですが、面白いことに、敗因は資格が違ってもだいたい共通しているんです。
いちばん多いのは、単純に開始が遅かったという話です。「あと1か月早く始めていれば」という後悔は、本当にどの試験の不合格談にも出てきます。試験日から逆算せず、なんとなく始めてなんとなく間に合わなかったパターン。本人の能力とはほとんど関係のない、カレンダーの問題です。
次に多いのが、過去問に手をつけるのが遅すぎたという話。テキストの読み込みに時間を使いすぎて、本試験の形式に体が慣れないまま当日を迎えてしまうパターンです。知識はあったはずなのに、問題文の聞き方に面食らった、時間配分で崩れた、マークシートを塗る時間が足りなかった。そういう悔しい証言がここに続きます。
そして三つ目が、申込時の熱が当日まで持たなかったという話。申し込んだ瞬間がやる気のピークで、そこから本番までの数か月をなんとなく過ごし、最後の2週間だけ慌てて詰め込む。これも驚くほど多い。読んでいて耳が痛くなるくらい多いです。受験料を払った瞬間に勉強した気になってしまう感覚は、たぶん多くの人に覚えがあると思います。私にもあります。
裏を返すと、不合格の主因は、頭の良し悪しでも教材選びの失敗でもないことが多いということです。開始の時期と、過去問のタイミングと、熱の管理。出てくるのは地味な話ばかりで、でも地味だからこそ、知ってさえいれば誰でも避けられます。
不合格談のほうが、情報量が多い
意地悪な言い方に聞こえるかもしれませんが、私は合格体験記より不合格談のほうが、情報としては濃いと思っています。
合格体験記の困ったところは、何が効いたのか、書いている本人にも分かっていないことです。朝型に変えたのが良かったのか、あの教材が当たりだったのか、もともとの前提知識のおかげか、それとも単にその回の問題との相性か。「受かった」という結果からは、どの要因が効いたのかを切り分けられません。本人は朝型への切り替えが決め手だったと書いているけれど、本当の決め手は前職の実務経験だった、なんてことはいくらでもありえます。真似しようにも、本当はどこを真似すればいいのか分からないんです。
一方で不合格談は、「これをやったら落ちた」「これをやらなかったら落ちた」という、地雷の位置情報です。直前1か月の追い込みで間に合うだろうという見積もりは外れる。過去問を最後のお楽しみに取っておくと崩れる。模試を受けずに本番に挑むと時間配分で事故る。地雷の場所さえ分かっていれば、あとは多少ルートが違っても大きくは外しません。成功への道は人それぞれでも、失敗の入り口は数か所に集中しているからです。だから不合格談は、たった数件読むだけでも効きます。
おすすめの探し方と読み方
なので、これから資格の情報収集をする人には、合格体験記と並行して、意識的に落ちた側の話を探しに行くことをおすすめします。検索窓に「資格名 落ちた」「資格名 不合格 原因」と入れるだけで、表の検索結果とはだいぶ違う風景が見えてきます。行政書士のように勉強期間が長丁場になる試験ほど、途中で崩れるポイントも多いぶん、この一手間の価値は大きくなります。
読むときのコツはひとつだけで、「自分はこうはならない」と思いながら読まないことです。不合格談に出てくる人たちは、別に怠け者ではありません。仕事をしながら、申し込んだときにはやる気に満ちていて、それでも間に合わなかった、ごく普通の人たちです。その人たちの条件と自分の条件が本当に違うのか、一度冷静に見比べてみてください。合格体験記は3本も読めば十分ですが、不合格談は見つけた分だけ読んで損がありません。書かれなかった8割の声は、こちらから探しに行かないと、永遠に聞こえてこないので。