このサイトのデータ係として、私は合格体験談だけでなく、挫折談もかなりの量を読んでいます。「参考書の最初の章だけ異様にきれいなまま売りました」「気づいたら申し込んだことすら忘れていました」。読んでいて胸が痛くなる話ばかりですが、数を読んでいると、あることに気づきます。
挫折談は、驚くほどみんな同じ形をしているんです。そしてその形を眺めているうちに、私は「勉強が続かないのは意志が弱いからだ」という説を、ほとんど信じなくなりました。意志の強い人だけが受かるなら説明のつかないことが、体験談の山のなかには多すぎるからです。今日はその話をします。
挫折は、だいたい同じ脚本で進む
典型的な流れはこうです。申し込んだ日がやる気のピーク。参考書を買って、最初の週末にがっつり3時間やる。平日は仕事で疲れて開けない。次の週末は用事が入る。「来週からちゃんとやろう」が2回続く。3週目あたりで参考書が視界に入るのがちょっと嫌になってくる。そして試験日が近づいたころには、もう「今回は記念受験でいいや」ってなっている。
細部は違っても、骨格はほぼこれです。学歴も職種も年齢も関係なく、同じ脚本をなぞっている。難関大学を出た人の挫折談も、仕事で表彰されているような人の挫折談も、普通にあります。これだけ多くの、それぞれ別の人生を歩んできた人たちが同じ場所で転ぶなら、それは個人の性格の問題ではなくて、道のほうに段差があると考えるのが自然だと思うんです。橋の同じ場所でみんなが転ぶなら、調べるべきは通行人の足腰ではなく橋の床板のほうですよね。
「やる気が出たらやる」は、構造的に無理がある
段差の正体は、たぶん「やる気が出たらやる」という方式そのものです。この方式は、毎日どこかのタイミングでやる気が自然に湧いてくることを前提にしています。でも、仕事から帰ってきた夜の自分を思い出してください。湧いてきませんよね。私も湧きません。
やる気というのは朝いちばんに満タンで、日中の仕事や人間関係でどんどん減っていく消耗品です。夜に残っているのは燃えかすです。その燃えかすに「さあ参考書を開け」と命令して、開けなかったら意志が弱いと自分を責める。翌日はその自己嫌悪のぶんだけ、参考書がさらに重たく見える。この設計で続いたら、そのほうが奇跡です。
だから、続かなかった経験のある人にまず言いたいのは、あなたの根性の問題ではなかった可能性が高い、ということです。責めるべきは自分ではなく、設計図のほうです。
続いた人は、時間ではなく「場所」で固定している
では合格まで走り切った人は何が違ったのか。体験談を読み比べていくと、共通点がいくつか浮かんできます。いちばんはっきりしているのは、勉強を「夜9時から」のような時間ではなく、場所や行動にくくりつけていることです。
通勤電車に座ったら問題集アプリを開く。昼休み、食べ終わった席でそのまま10分だけテキストを読む。風呂から上がったら机の上に開きっぱなしにしてある過去問を1問だけ解く。こういう「〜したら、やる」の形です。実用英語技能検定のような積み上げ型の試験の合格記には、特にこのタイプの記述がよく出てきます。
「夜9時から勉強」という約束は、残業ひとつ、面白い動画ひとつで簡単に破られます。でも「電車に座ったら開く」は、電車が毎日来てくれるので、約束の発動を自分の意志に頼らなくて済む。やる気の在庫と関係なく回る仕組みになっているんです。
開始のハードルは、地面すれすれまで下げていい
もうひとつの共通点は、1回あたりのノルマが拍子抜けするほど小さいことです。1日1問でいい。テキストを1ページでいい。なんなら開くだけでいい。最初にこれを読んだとき、正直「そんなので受かるわけがない」と思いました。でも、続いた人たちは口をそろえて同じことを書いています。
からくりは単純で、人間はやり始める瞬間にいちばんエネルギーを使うからです。机に向かうまでが重くて、向かってしまえば案外続く。1問だけのつもりが気づいたら30分やっていた、という日が週に何度かあれば、それで十分に積み上がります。そして調子の出ない日は、本当に1問で閉じていい。大事なのは勉強量ではなく、ゼロの日を作らないことです。ゼロが2日続くと、再開のハードルが急に高くなる。挫折談の「来週からちゃんとやろう」は、たいていこのゼロの連続から始まっています。
意志と戦わせない。環境と話をつける
続いた人の体験談には、もうひとつ地味な工夫がよく出てきます。誘惑と戦わないことです。正確に言うと、戦う回数そのものを減らしています。
スマホを充電器ごと別の部屋に置く。参考書は本棚にしまわず、机の上に開いたまま置いておく。問題集アプリをホーム画面のいちばん押しやすい位置に移して、代わりにSNSのアプリを2画面目の奥へ追いやる。どれも涙ぐましいというか、せこい工夫です。でも、このせこさが効きます。「スマホを見ない」という我慢を一日に何十回も成功させ続けるのは無理ですが、スマホが隣の部屋にあれば、我慢の試合がそもそも開催されません。
意志の力は、試合に出すたびに消耗します。だから強い人ほど試合数を絞っている。勉強が続く人は精神力が強いのではなくて、精神力の使いどころを勉強以外で浪費しない配置を組んでいるだけなんだと、読めば読むほど思います。
記録は、自分を縛るためではなく守るために
最後の共通点は、記録です。カレンダーに丸をつける、アプリの連続日数を眺める、手帳に「過去問5問」とだけ書く。形式は何でもいいのですが、続いた人はだいたい何かしらの記録をつけています。
これは進捗管理というより、心理の道具だと思っています。丸が10個並ぶと、11個目を途切れさせたくなくなる。人間のせこい心理ですが、このせこさは使えます。やる気という当てにならない燃料の代わりに、「連続を切りたくない」という別の燃料で回す。それと、記録には落ち込んだ日のお守りという役目もあります。全然進んでいない気がする日に、丸の並んだカレンダーを見ると「いや、やってはいるな」と思える。これが地味に効くんです。
計画を立てる前に、トリガーをひとつ決める
というわけで、これから勉強を始める人への具体的なおすすめです。立派な学習計画表を作る前に、決めることは2つだけ。「何をしたら開くか」のトリガーをひとつと、「最低これだけやれば合格点」の最小単位をひとつ。たとえば「電車に座ったら、アプリを1問」。これだけで、その日の設計は終わりです。
そしてもし資格選びの段階なら、その試験の勉強時間の目安が、いまの生活のすき間に現実的に収まるかも見ておいてください。どう設計しても入らない分量というのはあって、それは根性ではなく物理の問題です。比較ツールで勉強時間を横に並べると、自分の生活と相性のいい試験がどれか、わりと冷静に見えてきます。続けられる設計と、続けられる分量。挫折談の山が教えてくれるのは、結局この2つでした。