「自分は意志が弱いから講座にします」「独学で受かる人は本当にすごい、自分には無理」。体験談を読んでいると、独学か講座かという選択は、ほとんど性格の話として語られています。自分を律することができる人間かどうか、サボらず続けられるかどうか、という根性の問題として。
毎日いろんな資格のデータを見ている立場から白状すると、私はこの「意志の強さ」説をあまり信じていません。独学で受かりやすいかどうかは、その人の性格より先に、その資格の教材がどれだけ市場に出回っているかでだいたい決まってしまう、と思っているからです。
書店の棚は、受験者数に正直である
大きな書店の資格コーナーを思い浮かべてみてください。宅地建物取引士や日商簿記検定の棚は、何社もの出版社が参考書と過去問題集を競うように並べていて、棚一面どころか棚何本ぶんも埋まっています。受験者が毎年何万人、何十万人といる資格は、教材を出すこと自体が商売として成立するからです。
そして出版社同士が競争すると、教材の質が上がります。解説は年々わかりやすくなり、図解が増え、スマホアプリや講義動画のおまけが付き、法改正にも毎年きちんと対応する。つまり受験者の多い資格は、独学者がひとりで戦うための装備が市場にそろっているんです。意志が強いから独学できるのではなくて、装備が買えるから独学できる。順番はたぶんこっちです。
逆に受験者が年に数千人、数百人という資格になると、出版社にとっては商売になりません。参考書が1冊も出ていない、出ていても何年も前の版で止まっている、ということが普通に起こります。
市販の過去問が存在しない世界がある
マイナーな資格のデータを更新していると、ときどき途方に暮れることがあります。公式サイトに過去問のPDFが数年分置いてあるだけで、解説がどこにも存在しない。何が正解かはわかるのに、なぜそれが正解なのかを教えてくれるものが、この世のどの書店にも売っていないんです。
こうなると、独学かどうかはもう意志の問題ではなくなります。解説や対策情報を手に入れるルートが実施団体の講習か民間の講座しかないのなら、それは実質、講座一択の資格です。本人の根性とは関係なく、独学という選択肢そのものが市場に存在しない。体験談でも「独学で挑むつもりが情報がなさすぎて講座に切り替えた」という報告は、だいたいこのタイプの資格に集中しています。
教材だけでなく、情報も受験者数に比例する
書店の棚の話は、そのままネットにも当てはまります。受験者の多い資格は、合格体験記、無料の解説ブログ、勉強法の動画が大量にあって、つまずいたところを検索すれば、たいてい誰かが先に答えてくれています。独学のつらさの半分は「このやり方で合っているのか誰も教えてくれない」ことなので、この差は思った以上に効きます。
一方でマイナーな資格は、検索しても実施団体の案内ページしか出てこない、ということがざらにあります。データを集めるのが仕事の私ですらそうなのだから、初めて挑む受験者ならなおさらです。孤独に耐える覚悟がどうこうという以前に、そもそも道しるべの立っていない山なんですね。
「書店で過去問が買えるか」という分岐点
なので、独学か講座かで迷ったら、自分の性格を診断する前に、まず書店へ行ってみることをすすめています。チェックすることはひとつだけ。その資格の過去問題集が、複数の出版社から出ているかどうかです。
複数社から出ていれば、独学のインフラは整っています。1社だけなら、選択肢は少ないものの独学は十分可能。1冊もなければ、最初から講座を前提に費用を見積もったほうが現実的です。ネット書店の検索でも代用できますが、その場合は発行年だけ必ず見てください。法改正のある分野なのに数年前の教材しかないなら、それは「ない」のと同じです。
それでも講座が向く場合、独学で十分な場合
教材がそろっている資格でも、講座のほうが向くケースは正直あります。たとえば制度や法律が毎年のように動く分野は、独学だと「自分の知識が古くなったこと」に自分で気づくのが難しい。こういう試験で講座を選ぶのは、サボり防止というより情報更新の外注に近いと思っています。記述式や論文式の試験も、自分の答案を自分で採点するのには限界があるので、添削というサービスにお金を払う意味がはっきりあります。
逆に、マークシートの択一式で、合格基準が明確で、教材が書店にあふれている試験。これは独学と相性のいい条件が全部そろっています。講座に払うお金がもったいないから独学、というのも立派な理由で、後ろめたく思う必要はまったくありません。
要するに「独学か講座か」は、あなたの意志の強さを測るテストではなくて、その資格の市場環境を調べる作業です。候補が複数あるなら、比較ツールで勉強時間や費用を並べてみたうえで、書店の棚と突き合わせてみてください。自分の性格を責める前に、装備の調達ルートを確認する。独学の成否は、案外そういう地味なところで決まっています。